1903（明治36）年は、「路帖（ルウテル）熊本教会」が最初の礼拝を守った明治31年10月2日から満5年に当たる年である。そのため、ブラウンが宣教を担っていた熊本教会で、11月23日から3日間、第6回教役者会（宣教師と牧師の年会）が開かれ、宣教5周年祝会が行われた。23日午後2時からブラウンが司式をし、山内直丸牧師が「過去の五年」と題して熊本の伝道の状況を語った。午後7時半からは青年会会場で、新任婦人宣教師の歓迎祈祷会が和佐恒也（大牟田教会）の司会奨励で行われた。新任は米国ルーテル派デンマーク教会派遣のジョンソンと同派フィンランド教会派遣のウースタロで、フィンランド・ルーテル教会派遣のクルヴィネン（佐賀教会）が通訳し祈祷が捧げられた。講演会や演説会は25日まで熊本教会建丁講義所で開催され聴衆で溢れた。ブラウン宣教師が任を負っていた熊本教会は、米国ルーテル教会の日本における伝道の拠点教会となっていたのである。

　1904（明治37）年2月、日露戦争開戦とともに、ルーテル教会は「路帖新報」第40号の巻頭に「宣戦の詔勅」の全文を掲載し、「日露戦争によりて得たる教訓と任務」と題する社説を掲げた。こうした時局を背景に熊本教会有志祈祷会が開催され、3月4日の第1回祈祷会ではブラウン宣教師が奨励を行った。その後も建丁講義所で時局を反映した連続大伝道演説会が行われ、ブラウンも信徒や五高花陵会の学生等に演説をした。10月17日には、ルーテル教会が主唱し各派連合で取り組んだ日露戦争の帰還傷病兵士慰問音楽会が熊本陸軍病院で開催され、ブラウンはギターを演奏し夫人は英語の詩を朗読した。

　明治31年以来、仮会堂で礼拝を守ってきた熊本教会が水道町に教会堂建設用地（242坪）を取得し、1905（明治38）年2月、熊本教会堂の建築に着手した。ブラウンは熊本に伝道の重要拠点を築くため米国ルーテル教会海外伝道局に働きかけ、キャサリン・シェーラー（南部一致シノッドの婦人伝道者）を顕彰する記念事業の対象として熊本教会建設が選定された。敷地費用として200ドル、教会堂に1,200ドルの建築費を獲得し、日本におけるミッションの働きの歴史的に重要な事業として、熊本教会：「キャサリン・シェーラー記念教会（Katharine Scherer Memorial Church ）」が建てられた。九州学院の母教会が誕生したのである。

　6月初旬に教会堂は竣工したので、6月20日午後、ブラウン司式のもと献堂式が執り行われた。90余名の参列者があり、山内直丸牧師就任満10年の祝賀会も催された。旧会堂（南千畑町）では音楽会が行われ、ブラウンは得意のギター演奏と英詩朗読を披露した。翌日には早速、新教会堂（約200席）で第9回教役者会と評議会が執り行われ、ブラウンが思い描いた教区所として機能し始めた。夜は伝道大演説会が翌日にかけ催されたが、多数の聴衆が押し寄せ収容しきれない盛況ぶりであった。

　明治38年3月の奉天での大激戦後、ロシア兵捕虜974人が熊本に到着し、渡鹿収容所に収容された。5月末の日本海海戦でロシア・バルチック艦隊が壊滅すると、6月にはロシア水兵捕虜が次々に来熊し、総数約5,700人が収容された。将校は明午橋通りの物産館（古城地区から移築されていた洋学校教師館・ジェーンズ邸）に収容され、最終的な収容人員は6,003人となった。

　ロシア兵捕虜の中に福音ルーテル教会員がいた。北欧フィンランド・ルーテル教会員と推察される145名（士官2名、士卒143名）が、12月、献堂したばかりの熊本教会の礼拝に参列した。ブラウンがクルヴィネンやウースタロを介して熊本教会に導いたのではないか。神の計らいをブラウンは感じたに違いない。信徒たちは剣銃を提げた兵士の護衛のもと、共に跪いて神聖な祈りを捧げた。熊本教会は彼らの献金で、会堂に記念の時計を購入した。その大時計は、太平洋戦争末期の熊本大空襲で熊本教会堂が焼失するまで、40年に亘り時を刻み続けた。（このシリーズはしばらく休ませていただきます。）